尾上 寿鴻 (初代) オノエ ジュコウ
- 本名
- 木田靖男
- 屋号
- 音羽屋
- 定紋
- 四ツ輪、抱き柏
- 生没年月日
- 昭和14(1939)年10月19日〜平成29(2017)年03月09日
- 出身
- 東京
プロフィール
二代目尾上松緑の一門のなかで師匠に一番似ているといわれたのは大柄で丸みのある体躯、愛嬌が浮かぶ顔付きからだ。体格は180㎝近い長身、一時は体重も90㎏以上あったから一際舞台で目立った。『神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)』の相撲取りは素肌で演じる立派な立ち姿だった。芸も人柄も真面目そのもの。師匠には、器用ではないのだから朴訥で真面目な役をやるように助言を受けたようだ。『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』のますます坊主は持ち役。『私本太平記』で忍の大蔵、『盲長屋梅加賀鳶』の妻恋音吉など江戸市井の町人や無骨な武士が似合った。趣味は意外にもアウトドア派でスキンダイビングに凝った時期もあった。手先が器用で、膝を悪くした師匠のために溶接で作った合引が喜ばれたものだった。
【大島幸久】
経歴
芸歴
昭和31年3月二代目尾上松緑に入門。同年6月明治座『傾城反魂香』「将監閑居の場」の百姓で尾上松四郎を名のり初舞台。昭和49年2月歌舞伎座で尾上寿鴻を名のり名題昇進。昭和54年4月伝統歌舞伎保存会会員の第5次認定を受ける。
受賞
昭和47年5月『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』の花四天で、平成4年4月『盟三五大切』のますます坊主で国立劇場奨励賞。昭和59年2月歌舞伎座『らくだ』の家主彦兵衛で松竹社長賞。同年3月歌舞伎座優秀賞。平成8年第十五回眞山青果賞助演賞。