澤村 大蔵 (初代) サワムラ ダイゾウ
- 本名
- 中村康則
- 屋号
- 紀伊国屋
- 生没年月日
- 昭和13(1938)年10月10日〜令和元年(2019)年09月17日
プロフィール
10代後半に関西歌舞伎で初舞台を踏み、その後澤村田之助門下となった。時代物、世話物どちらもいける腕を持ち、とくに悪役がかった武士や若党、折助役に個性を感じさせた。印象的な丸い眼が悪をグッときかせたかと思うと役によってはクルッとかわり愛嬌を湛えてみせた。苦みの利いた手強さに加えて、相反する独特なまろやかさの滲みでる芸風だった。かつて九代目澤村宗十郎が盛夏に主宰した「宗十郎古典歌舞伎復活の会(宗十郎の会)」に師の田之助とともに参加し、第1回の『うわばみお由』では駕舁と太鼓持、第2回の『紅皿缺皿(べにざらかけざら)』では駕舁墨太と、まさにその持ち味をいかんなく発揮、復活狂言の舞台を最終回まで皆勤でしっかり支えていた。また『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』三笠山御殿のいじめの官女で、可憐なお三輪の哀れさを際立たせる強さとおかしみを併せもった嫌らしさは、さすがベテランの腕であった。
【小宮暁子】
経歴
芸歴
1957年関西歌舞伎で初舞台。72年11月に澤村田之助門下となり、岩井大二郎から澤村大蔵と改名。2000年1月新橋演舞場『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』の奴奈良平ほかで名題昇進。05年伝統歌舞伎保存会会員の第11次認定を受ける。
受賞
1968年3月『義経千本桜』の丹蔵のからみで、92年11月『謎帯一寸徳兵衛』の医者茂俊で、2004年11月『噂音菊柳澤騒動(かねてきくやなぎさわそうどう)』の川瀬金吾で国立劇場奨励賞。79年8月歌舞伎会公演『六花月青柳』の独鈷駄六で、80年8月歌舞伎会公演『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』の濡髪長五郎で国立劇場努力賞。93年12月『野晒悟助』の立廻りで国立劇場特別賞。99年第5回日本俳優協会賞。