坂田 藤十郎 (4代目) サカタ トウジュウロウ

屋号
山城屋
定紋
五つ藤重ね星梅鉢
所属
伝統歌舞伎保存会会員

プロフィール

▼名実ともに歌舞伎界の頂点に立つ俳優である。1949(昭和24)年から始まった演劇評論家・武智鉄二が指導した関西歌舞伎若手公演で芸の基礎を身につけ、1953(昭和28)年、21歳で演じた近松門左衛門原作『曽根崎心中』のお初で一躍トップスターへ。美貌の若女方として歌舞伎で活躍する一方で大衆劇、現代劇にも出演して人気を集めた。1970年代から立役にも芸域を広げ、祖父・初代中村鴈治郎以来家の芸になっている上方和事の数々の役を演じた。さらに生まれ故郷の上方の歌舞伎の復活振興に全力で取り組み、1982(昭和57)年に「近松座」を旗揚げして近松作品の連続上演を続け、同時に江戸時代から伝わる上方歌舞伎の演出、演技の復活と継承に力を注いだ。息の詰んだ台詞術、華やかで艶のある芸風に加え、義太夫狂言では原作を読み込んで役作りをする姿勢を貫き、当たり役に『心中天網島』の治兵衛・小春、『恋飛脚大和往来』の忠兵衛・梅川、『忠臣蔵』の戸無瀬・おかるなどがある。

〔水落 潔〕

経歴

芸歴

▼1931年12月31日生まれ。二代目中村鴈治郎の長男。41年10月、大阪・角座『山姥』の金時で二代目中村扇雀を襲名し初舞台。90年11月歌舞伎座『吉田屋』の伊左衛門、『河庄』の治兵衛で三代目中村鴈治郎を襲名。2001年には近松座二十周年記念公演で『心中天網島』を、また英国で『曽根崎心中』を上演。2005年12月南座『夕霧名残の正月』の藤屋伊左衛門などで四代目坂田藤十郎を襲名。

受賞

▼1951年5月四ツ橋文楽座『摂州合邦辻』の玉手御前で関西ペンクラブ賞。51年11月大阪歌舞伎座『源氏物語』の光君(若き頃)で52年大阪市民文化賞。53年『曽根崎心中』のお初で第六回毎日演劇賞。54年『曽根崎心中』のお初で博多ペンクラブ賞。65年重要無形文化財(総合認定)に認定され、伝統歌舞伎保存会会員となる。67年10月御園座『吉田屋』の夕霧で名古屋演劇ペンクラブ年間賞。68年十三夜会年間大賞。73年大阪府民劇場賞。76年8月中座『宿無団七時雨傘(やどなしだんしちしぐれのからかさ)』の団七茂兵衛で76年度十三夜会年間大賞。79年10月御園座『心中天網島』の治兵衛で名古屋演劇ペンクラブ年間賞。80年8月国立小劇場『宿無団七時雨傘』の団七茂兵衛で80年度芸術選奨文部大臣賞。82年8月第一回近松座公演『心中天網島』の治兵衛で82年度大阪府民劇場賞。85年度日本芸術院賞。87年大阪芸術賞。89年第十回松尾芸能賞大賞。90年紫綬褒章。91年十三夜会年間大賞。92年第十回京都府文化賞功労賞。93年第三十四回毎日芸術賞。94年重要無形文化財保持者(人間国宝)。同年日本芸術院会員。95年紺綬褒章。97年第四回読売演劇大賞最優秀男優賞。同年第十七回眞山青果賞大賞。2000年第七回読売演劇大賞優秀男優賞。01年10月御園座『芦屋道満大内鑑』の女房葛の葉・葛の葉姫で名古屋演劇ペンクラブ年間賞。02年近松座の活動に対して第一回朝日舞台芸術賞特別賞。03年文化功労者。06年大阪文化発信賞。06年度第五十八回NHK放送文化賞。07年第七回朝日舞台芸術賞。08年第二十回高松宮記念世界文化賞。同年第十五回読売演劇大賞優秀男優賞。09年文化勲章。10年十三夜会賞年間大賞、ほか多数。

著書・参考資料

▼写真集(吉田千秋・斉藤興子・岩田彰写真)『上方の女方と近松』(1984年、向陽書房)、写真集(岩田アキラ写真)『扇雀 上方芸と近松』(89年、京都書院)、土岐迪子聞書『一生青春』(97年、演劇出版社)、著書(水落潔編)『鴈治郎芸談』(2000年、向陽書房)、亀岡典子聞書『夢 平成の藤十郎誕生』(05年、淡交社)、著書『歌舞伎の真髄を生きる 坂田藤十郎』(06年、世界文化社)、著書『一生青春』(09年、演劇出版社)、著書(扇千景著)『夫婦の履歴書』(08年、日本経済新聞出版社)

舞台写真