片岡 松之亟 (2代目) カタオカ マツノジョウ

本名
村上隆志
屋号
松喜屋
定紋
おっかけ松葉に二枚銀杏
生没年月日
昭和16(1941)年10月13日〜平成26(2014)年07月11日
出身
長崎県島原市
所属
伝統歌舞伎保存会会員

プロフィール

上方歌舞伎に相応しい“こってり”した味わいのある女方だった。東宝芸能学校出身の変わりダネ。歌舞伎好きで東横ホールの小道具係のアルバイトで、十三代目片岡仁左衛門の弟子に声をかけられ、内弟子になった。「仁左衛門歌舞伎」を始めた苦しい時期で、歌舞伎のために奮闘する十三代目に寄り添い、苦楽を共にし尽くしぬいた。失明した仁左衛門の「目となり足となった」お蔭で、幕内に7年間気づかれなかったと言われている。誠実で勉強熱心で、存在感もあった。
役どころは、下女、仲居、女郎、芸者、腰元、侍女、官女、所化などその他大勢のあらゆる役を演じている。34年もの長い下積み生活ののち名題に昇進、二代目松之亟のお披露目で『伊勢音頭恋寝刃』の仲居葛野と『助六曲輪初花桜(すけろくくるわのはつざくら)』の白玉付振袖新造玉の枝を嬉しそうに演じていた。当たり役は『仮名手本忠臣蔵』九段目「山科閑居」の下女りん。由良之助のもとを訪れた戸無瀬の格式ばった挨拶に甲高い声で取りついで重苦しい雰囲気が一瞬和らいだ。松之亟の明るい芸風が生かされた役どころだった。『新口村』の忠三郎女房も、在所の女房らしい朴訥さが緊迫感をほぐし、『心中天網島』の下女お玉も同様、チャリがかった役を楽し気に演じていた。婆役を勉強したいと語っていたが、『鏡獅子』の老女飛鳥井で品格を滲ませた。師匠の言う「心でする芝居」を貫き松嶋屋一家の信頼も厚く、片岡孝太郎もブログに「うちの婆やが逝きました」と悼んだほどだった。

【横溝幸子】

経歴

芸歴

昭和37年東宝芸能学校卒。昭和39年5月十三代目片岡仁左衛門に入門、片岡秀寿(ひでじゅ)の名で同年6月歌舞伎座『八代目市川團十郎』の見物人で初舞台。平成10年5月大阪松竹座で二代目片岡松之亟を襲名し名題昇進。平成21年9月伝統歌舞伎保存会会員の第十二次認定を受ける。

受賞

平成16年第十回日本俳優協会賞。

舞台写真

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