實川 延寿 (初代) ジツカワ エンジュ

本名
宮本俊一
屋号
河内屋
定紋
三ツ井筒
生没年月日
大正12(1923)年02月25日〜不明
出身
京都府

プロフィール

上方で生まれ育ち、延若に師事して女形の修業をした。大阪で名題に昇進したあと、師匠に付いて上京した。上方役者らしいこってりとした色気と情の濃さを感じさせる芸風だった。師の延若の踊りの後見なども真面目に勤めていた。丸顔に丸い鼻とギョロッと大きい目に鋭さがあり、独特の存在感があった。ちょっとガラガラした大きな声で、江戸の世話物の長屋のおかみさんなども似合っていたが、本役は大阪の色町の仲居だろう。どこかドッシリと落ち着きはらった図太い雰囲気が、近松物などの商家の底意地の悪い姑や廓の遣り手などにピッタリで、内に籠もった年増の色気を漂わせていた。実力があったので若手の勉強会で数々の大役を演じているが、とりわけ伝統歌舞伎保存会の勉強会「葉月会」で珍しい『夏姿女団七』が出たとき、加賀屋歌江(のち中村歌江)の団七縞のお梶にからむ義平次婆を演じて、何ともいえぬ苦みの利いた老残の色気を見せた。腕達者だったと言ってよい。素顔はからっと明るい世話好き遊び好きで、歌江や市川鯉紅らとタンカラ芝居などを楽しそうに演じていた。喜寿を迎える目前に病に倒れ、廃業したのが惜しまれる。

【浅原恒男】

経歴

芸歴

昭和24年5月實川延枝を名乗り大阪中座『女殺油地獄』の野崎参りで初舞台。昭和34年9月大阪新歌舞伎座『籠釣瓶』の芸者などで實川延寿と改名、名題昇進。昭和49年4月伝統歌舞伎保存会会員の第三次認定を受ける。平成11年廃業。

受賞

第九回松竹演劇塾『真如』により団体受賞、母お節で大阪府民劇場賞。