尾上 菊五郎 (6代目) オノエ キクゴロウ
- 本名
- 寺島幸三
- 俳名・舞踊名
- 俳名は三朝
- 屋号
- 音羽屋
- 定紋
- 重ね扇に抱き柏
- 生没年月日
- 明治18(1885)年08月26日〜昭和24(1949)年07月10日
- 出身
- 東京・築地新富町
プロフィール
没後直ちに尾上菊五郎劇団が結成されてから、すでに70余年。発足時の主要メンバーは全員が物故しているが、名称は今も当代菊五郎を中心に存続している。故人の業績と影響力の偉大さを物語るものであろう。
私費を投じて開設した日本俳優学校は経営難のため5年で閉鎖したが、昭和期に入ってからの菊五郎は実質的には歌舞伎界を代表する存在になっていた。天賦の才能に加え、幼時に指導を受けた九代目市川團十郎の感化もあって、時代・世話・舞踊・新作の各分野に卓絶した演技を示し、しかも近代的な写実主義と心理描写を特徴とした。もちろん父・五代目菊五郎が得意とした役のほとんどを受けついでいるが、自分の柄が父と違うことを熟知し、衣裳や鬘の体裁に手を入れたり、近代人の感性によって工夫を加えることも怠らなかった。
当たり役はきわめて広範囲に及んでいるが、まず時代物で『義経千本桜』の権太・忠信、『仮名手本忠臣蔵』の判官・勘平、世話物で『髪結新三』『魚屋宗五郎』『筆売幸兵衛』に『四千両小判梅葉』の富蔵、『盲長屋梅加賀鳶』の道玄など親ゆずりの役々のほか、『敵討天下茶屋聚(かたきうちてんがぢゃやむら)』の元右衛門、新作では『坂崎出羽守』(山本有三作)と『一本刀土俵入』(長谷川伸作)の茂兵衛、『巷談宵宮雨(こうだんよみやのあめ)』(宇野信夫作)の龍達などがあげられる。舞踊では『娘道成寺』『鏡獅子』『藤娘』『保名』『うかれ坊主』、七代目坂東三津五郎とのコンビによる『身替座禅』『棒しばり』『太刀盗人』など。ことに『鏡獅子』は菊五郎によって屈指の人気舞踊になり、六代目の名を象徴するような作品になった。
昭和期には『近頃河原の達引』(与次郎)『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)』(吃又)、『野崎村』(お光と久作)で原作を尊重した演出を、戦後には『廓文章』「吉田屋」の伊左衛門で前半をカットした新演出を創始。舞踊『保名』『藤娘』の新振付とともに、これらが当初は多少の批判はあっても後継者たちに受けつがれ、現代ほとんど定型になっている点、やはり創始者の力を示している。
終戦直後の昭和20年10月には帝国劇場で関東大震災後の東京を描いた『銀座復興』(水上滝太郎作)を上演、演劇復興の先駆になったのを手始めに歌舞伎界の頂点に立ったが、昭和24年4月東京劇場で『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の松王丸、『盲長屋梅加賀鳶』の梅吉と道玄を2日目まで務め、これが最後の舞台になった。葬儀は芸術文化葬で、生前自ら考えたという“芸術院六代菊五郎居士”が戒名だった。
鉄砲・野球など趣味として実生活は開放的で明朗。名人気質で辛辣な面もあったが、交友関係は広かった。
【松井俊諭】
経歴
芸歴
父は五代目尾上菊五郎。義兄に六代目尾上梅幸、弟に六代目坂東彦三郎がいる。明治19年5月千歳座『初幟柏葉重』で中村伝五郎の女鬼に抱かれた子息の役で尾上幸三を名乗り初御目見得。父と九代目市川團十郎の厳しい指導を受ける。明治24年5月新富座で二代目尾上丑之助を襲名。明治36年2月に父が没すると、九代目團十郎の推挙により明治36年3月歌舞伎座『対面』の五郎で六代目尾上菊五郎を襲名。明治41年11月興行師の田村成義のすすめで初代中村吉右衛門とともに市村座の座付きとなり、吉右衛門が脱退する大正10年まで菊・吉の競演による「二長町時代」を築いた後、昭和2年市村座を離れて松竹の傘下に属した。昭和5年日本俳優学校を設立し、歌舞伎の師弟の再教育や舞踊家・新劇俳優の育成につとめた。養子に七代目尾上梅幸、実子に二代目尾上九朗右衛門。十七代目中村勘三郎は娘婿。
受賞
昭和22年日本芸術院会員。昭和24年没後文化勲章を追贈。
著書・参考資料
大正8年『尾上菊五郎』(舞台のおもかげシリーズ)(安部豊編、好文社)、昭和12年『六代目菊五郎伝』(浜村米蔵編著、新陽社)、昭和22年『藝』(六代目尾上菊五郎著、改造社)、昭和23年『おどり』(尾上菊五郎著、時代社)同年『六世菊五郎百話』(六世菊五郎述、川尻清潭編、右文社)、昭和24年『六代目菊五郎』(「幕間」別冊、関逸雄編輯、和敬書店)、同年『尾上菊五郎舞台写真集』(木村伊兵衛撮影、関逸雄編、和敬書店)、同年『六代尾上菊五郎』(「花道」別冊、齋藤竹治編輯、梨の花会)、昭和25 年『六代目菊五郎評伝』(渥美清太郎著、冨山房)、同年『六代目菊五郎』(六代目菊五郎記念出版委員会編、改造社)、昭和26年『六代目尾上菊五郎舞台写真集』(普及版)(木村伊兵衛撮影、関逸雄編、和敬書店)、昭和28年『亡き人のこと 六代目菊五郎の思ひ出』(寺島千代述、岸井良衛綴、演劇出版社)、昭和31年『六代目菊五郎』(戸板康二著、演劇出版社、昭和54年 講談社文庫、講談社)、昭和51年『菊五郎夜話』(宇野信夫著、青蛙房)、昭和54年『六代目菊五郎 木村伊兵衛写真集』(ソノラマ写真選書)(木村伊兵衛著、朝日ソノラマ)、昭和62年『私のこんちきしょう人生 夫六代目菊五郎とともに』(寺島千代著、講談社)、平成5年『六代目尾上菊五郎 全盛期の名人芸』(木村伊兵衛撮影、ネスコ)、平成11年『六代目尾上菊五郎』(「演劇界」別冊・名優アルバム、小宮暁子編、演劇出版社)など。昭和10年映画『鏡獅子』公開(小津安二郎監督)。