松本 幸雀 (初代) マツモト コウジャク

本名
星野英登
屋号
高麗屋
定紋
四ツ花菱
生没年月日
昭和8(1933)年07月07日〜平成6(1994)年08月21日
出身
東京都

プロフィール

女形として松本幸四郎門下では珍しい存在だった。一門の師匠番で、現染五郎が幼い頃からよく世話をしていた。大柄でふくよかな印象を与え、幸雀が出てくるとやさしい空気が漂うような舞台だった。時代物から世話物まで守備範囲も広く、『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』引窓のお幸も、母親の情味がたっぷりで佳品だったが、『桜姫東文章』の局長浦では目を見張らせた。仁が良いので序幕に桜姫に付き添って出てきたところはまさにお局で、「岩淵庵室」になってからは、襦袢姿での落ちぶれぶり、姫への嫉妬の身ぶり手ぶりに柄が生きて、今まで片鱗だけをみせていた面白みが浮き出た好演だった。脇の重要な女形として期待されたが、60歳を越えたばかりで前日まで歌舞伎座『巷談宵宮雨』の舞台に出ていて急逝した。これから本領発揮という時期、残念な死だった。

【小宮暁子】

経歴

芸歴

八代目松本幸四郎(のち白鸚)に入門、昭和25年1月松本高弥を名乗り東劇『一條大蔵譚』の仕丁で初舞台。昭和32年9月歌舞伎座『亡者妻』の娘で松本幸雀と改名し名題昇進。昭和47年5月伝統歌舞伎保存会会員の第二次認定を受ける。

受賞

昭和44年9月『蔦紅葉宇都谷峠』女中おゆきで国立劇場奨励賞。平成5年11月『桜姫東文章』局長浦で国立劇場優秀賞。

舞台写真