松本 高麗五郎 (2代目) マツモト コマゴロウ

本名
岩井孝次郎
俳名・舞踊名
舞踊名は藤間幸治郎
屋号
高麗屋
定紋
四つ花菱
生没年月日
大正8(1919)年07月03日〜不明
出身
東京都

プロフィール

子役から十五代目羽左衛門に入門し、のち七代目幸四郎門下に移って修業した。すっきりと痩身で鼻筋の通った細面の二枚目顔だったが、立廻りも達者だった。地味で生真面目な芸風で、どちらかと言えば世話物より時代物の武士が似合っていた。新作に理解力を示し、賞もとっている。戦後は染五郎時代の八代目幸四郎(白鸚)一門となり、昭和36年、師について東宝へ移籍。その後、大歌舞伎にもどり、還暦を迎えるころに引退した。

【浅原恒男】

経歴

芸歴

十五代目市村羽左衛門に入門、大正14年坂東緑丸を名乗り邦楽座『猩々』の子供で初舞台。その後一時坂東橘次を名乗ったともされるが未詳。昭和3年七代目松本幸四郎に入門し松本染之助と改名。昭和23年6月、東劇『俎板の長兵衛』の子分で名題昇進。昭和32年9月歌舞伎座『亡者妻』(宇野信夫作)の友達伝次で二代目松本高麗五郎を襲名。昭和40年4月伝統歌舞伎保存会会員の第一次認定を受ける。東宝劇団の立師もつとめる。

受賞

昭和29年村上元三賞。昭和30年長谷川伸賞。

舞台写真

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