嵐 徳三郎 (7代目) アラシ トクサブロウ

本名
横田一郎
屋号
葉村屋
定紋
亀甲三橘、丸に橘
生没年月日
昭和8(1933)年12月20日〜平成12(2000)年12月05日
出身
香川県高松市

プロフィール

日本大学芸術学部在学中、国劇研究会の歌舞伎公演で、『恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)』の重の井、『身売りの累』の累、『忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)』の瀧夜叉などを好演。その公演を見た松竹の大谷竹次郎会長が、歌舞伎界に新風を吹き込むため、学士俳優の公募を試み、選ばれたのが日大の六名で、いずれも会長の大谷姓をもらい、プロの俳優として出発することになった。徳三郎もその一人で、大谷ひと江の名で昭和31年初舞台。その後、学士俳優の誕生を契機に発足した〈松竹演劇塾〉で『本朝廿四孝』の八重垣姫を始めとして、大役を続けて演じたが、中でも『仮名手本忠臣蔵』「九段目」の戸無瀬は、おおかたの目をみはらせた。折から関西歌舞伎を取巻く環境は次第に思わしくなくなり、自主公演でつなぐようになっていたが、十三代目片岡仁左衛門が始めた〈仁左衛門歌舞伎〉の第二回公演の『女殺油地獄』では片岡孝夫(現仁左衛門)の相手役お吉に選ばれ、これが出世芸となっている。一時、映画の世界で活躍していた二代目中村鴈治郎が、この頃歌舞伎へ復帰の意欲を見せ、地方公演とはいえ、『恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)』「封印切」や『心中天網島』「河庄」、『土屋主税(つちやちから)』などを演じたときには、その相手役に起用された。〈仁左衛門歌舞伎〉を発展させた〈若松会歌舞伎〉でも重用され、〈若松会〉の国立劇場公演に参加したのがきっかけとなり、自分の主催する〈日桜会〉の東京公演を実現させ、東京でも認められるようになった。

昭和46年2月、上方歌舞伎の名門、嵐徳三郎の名を七代目として襲名。昭和52年11月、『仮名手本忠臣蔵』が東西で競演された時、中座で「九段目」のお石を、鴈治郎、仁左衛門、中村扇雀(現坂田藤十郎)に囲まれて、堂々と演じ切った。歌舞伎役者として順調な歩みを続けていたのだが、ジャーナリズムには、門閥の出でない徳三郎に〈歌舞伎界の孤児〉というレッテルを貼り、本人もまた、自分のおかれている場に満足せず。渋谷のジャンジャンでの〈実験歌舞伎〉を始めとして、数々の異色舞台に挑戦し、やがて昭和62年の蜷川幸雄演出『王女メディア』の主演につながる。新劇俳優に求められない大きさと演技力を認められ、日本での度々の上演はもとより、ロンドンを始め、世界各地をかける徳三郎畢生の役となった。本領の歌舞伎でも、花車方(かしゃがた)に回ることが多くなったが、上方の味と匂いを十分に味あわせた。

平成11年3月、国立劇場での『本朝廿四孝』の筍堀りの母越路に指名された。三婆の一つの大役であるし、老役は?と躊躇したのだが、思い切って受け、演じた所、望外の好評を得、今日歌舞伎界に抜けている役どころを埋める可能性があると、大いに期待された。

平成12年3月、ルネッサながとの柿(こけら)落とし公演の初日、『封印切』のおえんを勤めたが、体調を崩して二日目から休演し、終に再び舞台に顔を見せることはなかった。12月5日、急逝。かえすがえすも心残りな役者である。

【奈河彰輔】

経歴

芸歴

昭和31年4月大谷ひと江を名乗り大阪中座で初舞台。その月の松竹演劇塾第一回公演で『本朝廿四孝』の八重垣姫などをつとめる。昭和34年9月大阪新歌舞伎座『龍釣瓶』の初菊で名題昇進。昭和46年2月大阪新歌舞伎座「五代目片岡我當襲名披露興行」において『法界坊』の野分姫、『契恋春粟餅』の粟餅売徳蔵で七代目嵐徳三郎を襲名。昭和47年5月伝統歌舞伎保存会会員の第二次認定を受ける。昭和49年8月、50年8月国立劇場青年歌舞伎祭に「日桜会」を主宰して参加。昭和60年『NINAGAWA・マクベス』ヨーロッパ公演に参加、以後『王女メディア』『マクベス』『テンペスト』等で英国、オランダ、アメリカ、香港、カナダ、シンガポール、マレーシア、台湾、沖縄、ヨルダン、エジプト、スイス等を巡演。『王女メディア』には毎年のように大都市、地方都市を巡演するなど心血を注いだ。

受賞

昭和39年『女殺油地獄』お吉で大阪府民劇場奨励賞。昭和45年3月国立劇場青年歌舞伎月公演『女殺油地獄』お吉で国立劇場奨励賞。昭和54年オレンジルームでの『心中天網島』紙屋治兵衛で大阪府民劇場奨励賞。昭和59年7月『獨道中五十三驛』おはぎで歌舞伎座優秀賞。昭和62年6月『伊勢音頭』万野で十三夜会賞奨励賞。昭和62年9月ロンドンナショナルシアター公演・蜷川幸雄演出『王女メディア』にて、1987年度英国ローレンス・オリヴィエ賞主演男優賞ノミネート賞。昭和62年関西で歌舞伎を育てる会賞演技賞。平成5年『王女メディア』で大阪府民劇場賞、同年『王女メディア』国内外公演と『忠臣蔵九段目』お石、『加賀見山旧錦絵』岩藤、『河庄』おえんの成果で松尾芸能賞特別賞。平成6年『伊勢音頭』万野で関西歌舞伎を愛する会優秀賞。平成6年3月第 15回松尾芸能賞特別賞。平成7年歌舞伎と『王女メディア』国内・海外公演の成果で大阪市民表彰。ほか『封印切』おえんで十三夜会奨励賞。

著書・参考資料

昭和48年『嵐徳三郎写真集』(水口一夫編、嵐徳三郎後援会)、平成16年『七代目嵐徳三郎伝―歌舞伎ざんまい 幕のうちそと』(船木浩司著、東方出版)。

舞台写真