市川 八百蔵 (9代目) イチカワ ヤオゾウ

本名
松本清一
俳名・舞踊名
俳名は定花
屋号
立花屋
定紋
大割り牡丹、三升の中に八
生没年月日
明治39(1906)年07月31日〜昭和62(1987)年01月19日
出身
東京都

プロフィール

七代目松本幸四郎門下から、市川中車の前名を襲いだ。東横ホールで先代以来の家の芸『絵本太功記』十段目の武智光秀や『神霊矢口渡』の頓兵衛などの座頭役も演じている。古い雑誌のインタビューで毎月の役廻りを気にしているといった言葉に、努力で大きな名を継いだ人の名跡への責任感があらわれていた。『寺子屋』の春藤玄蕃が持ち役だった。べりべりとした敵役の調子、松王丸と並び、脇役ながら上使の格で、源蔵に「命は惜しいものだな」と皮肉をいう憎々しさなど、いかにも適り役だった。武骨な感じが生きて、『土屋主税(つちやちから)』の落合其月なども一本気な武士らしくてよかった。世話物でも『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』の釣鐘権八など、廓に巣くうごろつきの嫌らしさを写し出している。

敵役が多かったが性格は温厚だった。中村歌右衛門の演じた新作『春日局』(北條秀司作)の序幕で、美濃の山寺の尼さんの役だったが、人のいい、どこかとぼけた感じが面白かった。この人としては珍しい女形だったが、ベテランの味を思わせる演技だった。

【秋山勝彦】

経歴

芸歴

七代目松本幸四郎に師事し大正2年1月帝劇『貞任宗任』の女小姓で松本錦一を名乗り初舞台。昭和4年4月帝劇『源氏烏帽子折』の左近、『稲妻草紙』の幇間左吉で松本高麗五郎と改名し名題昇進。新宿第一劇場の青年歌舞伎に参加し脇役として活躍。昭和28年6月歌舞伎座『太功記』の正清で九代目市川八百蔵を襲名。昭和40年4月伝統歌舞伎保存会会員の第一次認定を受ける。

受賞

昭和55年勲五等双光旭日章。昭和55年6月国立劇場優秀賞。昭和58年3月芸団協功労者表彰。

舞台写真