尾上 良五郎 オノエ ヨシゴロウ

本名
桜井琢也(清次郎と名乗った時期あり)
屋号
音羽屋
定紋
笹菱
生没年月日
明治44(1911)年08月13日〜昭和60(1985)年01月06日
出身
東京

プロフィール

東京の鳶職の家に生まれる。初舞台が『め組の喧嘩』の若い者というのも、縁であったのだろうか。2年後昭和4年、坂東竹三郎(後の四代目尾上菊次郎)に入門し、尾上笹次郎を名乗る。以後、菊次郎門下を離れず、終生行を共にする。若い頃は、立ち回りを得意とし、特殊技能として、馬の足をよくした。昭和19年、東京歌舞伎座の『大森彦七』の馬の足で、名題下に昇進する。後年『夏祭浪花鑑』の駕籠屋で、賞を受けたのとともに自慢であった。自慢といえば、生まれがら、火消しの纏の扱いは本職仕込で、纏持ちの芝居が出ると嬉しそうに指導を買って出た。

戦後、関西に籍を移した師菊次郎のもとで、以後関西歌舞伎の大部屋のリーダーとして、後進を指導した功績も大きい。昭和43年、尾上良五郎と改名する。後年、流石に江戸っ子らしい気風(きっぷ)は衰えたが、大部屋の立ち回り連中の間で、にらみを利かしていた。現片岡松之助は、子である。

【奈河彰輔】

経歴

芸歴

昭和2年12月坂東大之助を名乗り浅草昭和座『め組の喧嘩』の若い者で初舞台。昭和4年坂東竹三郎(のち四代目尾上菊次郎)に入門し尾上笹次郎と改名。昭和43年10月尾上良五郎と改名。昭和54年4月伝統歌舞伎保存会会員の第五次認定を受ける。

受賞

昭和26年関西ペンクラブ賞。昭和30年関西審議会賞。昭和36年関西歌舞伎演技賞。