歌舞伎の役柄

歌舞伎には、登場人物を類型的に分けた〈役柄(やくがら)〉という発想があります。

〈役柄〉は歌舞伎の戯曲としての発達とともに分化し、時代とともに変遷してきたので、必ずしも固定的なものではありませんが、歌舞伎俳優の演技の根幹にかかわる重要な〈きまり〉ということができます。

加賀山直三は「歌舞伎の役柄とは、歌舞伎鑑賞にとって一番重要なかなめなのである」とのべています。(『歌舞伎』雄山閣)

役と役柄

〈役柄〉は、歌舞伎の芸(演技術)の確立と密接に結びついています。

『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助は、絶対に立役の〈実事〉という役柄を基本として演じなければなりません。『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門は〈色悪〉、『廓文章』の藤屋伊左衛門は〈和事〉、夕霧は女方の〈傾城〉というように、特定の役にはそれにふさわしい役柄があり、基本的にそれぞれの役柄をふまえて演じなければなりません。

一座のポジションと〈役柄〉

オーケストラにも、バイオリンや打楽器など各パートごとに専門があり、野球にピッチャーや捕手、四番バッターがきまっているように、歌舞伎にも一座における各々の受けもちがあります。

一座を統率する最高位の座頭(ざがしら)役者は、ふつう立役なら〈荒事〉か〈実事〉、敵役なら〈実悪〉か〈公卿悪〉。その相手役をする立女形(たておやま)は〈傾城〉や〈片外し〉、座頭の次ぎに位置する二枚目なら〈和事〉や〈和実〉〈色悪〉など、立女形の次に位置する若女方なら〈世話女房〉や〈娘方〉というように、一座での立場と役柄とは密接につながっています。

家の芸と役柄

歌舞伎俳優は、その家に伝わる芸風や自分の柄(がら)などの条件を活かし、得意とする役柄を獲得していきます。市川團十郎家の荒事や中村鴈治郎家の和事、澤村家の江戸和事などは、家の芸と役柄とが密接に結びついた代表的な例です。

役柄の分類

現在の歌舞伎俳優には、基本的に、ある役柄を究めて他の追随をゆるさない行き方もあれば、いくつかの役柄を融通無碍に演じる行き方(「兼ねる役者」という)もあります。

以下の〈役柄〉の種類は一例としてあげたものです。

1.立役(たちやく)(善人方)〈男の役〉

荒事 (あらごと) 超人的な力をもつ正義の武勇者
実事 (じつごと) 円満な常識をそなえた捌(さば)き役
和事 (わごと) 濡れ事を得意とし、柔らか味のある二枚目
和実 (わじつ) 柔らか味があるさわやかな実事
辛抱 (しんぼう) 忍耐を強いられる実事
若衆 (わかしゅ) 前髪姿の若さと花のある役どころ

2.敵役(かたきやく)(悪人方)〈男の役〉

実悪 (じつあく) 国盗りや主家横領を企む大悪人
公卿悪 (くげあく) 貴人で藍隈をくる不気味な悪人
色悪 (いろあく) 白塗りのニヒルで惨忍な悪人
実敵 (じつがたき) 実事に見せかけた腹黒い悪人
親敵 (おやがたき) 親爺敵(おやじがたき)、舅敵(しうとがたき)とも。悪人の父親。他に叔父敵(おじがたき)もある。
端敵 (はがたき) 小悪党。平敵、安敵ともいう
手代敵 (てだいがたき) 商家の番頭でお店を横領し娘に横恋慕する悪人
半道敵 (はんどうがたき) 道化がかったおかしみの悪人

3.道外(どうけ) 三枚目〈男の役〉

4.女方(おんながた)(女形とも)〈女の役〉

傾城 (けいせい) 華やかで艶のある遊女
片外し (かたはずし) 位の高い御殿女中や武家女房など
女武道 (おんなぶどう) 男まさりの武芸の腕をもつ女
花車方 (かしゃがた) 訳知りの花街の仲居や茶屋女房
世話女房 (せわにょうぼう) 世話物に出る女房役
娘方 (むすめがた) 若い振袖姿の姫や町娘
悪婆 (あくば) 年増の美しい毒婦(20歳代後半)

5.老け役

老人、親仁役 (おやじやく)
女方では老婆

6.子役

※参考文献……『歌舞伎入門シリーズ(3)役者と役柄』(演劇出版社『演劇界』別冊)